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仙台地方裁判所 昭和62年(ワ)224号 判決 1989年2月13日

原告

吉田しとみ

被告

大東京火災海上保険株式会社

ほか一名

主文

一  被告両名は原告に対し各自三八三万九七四六円及びこれに対する昭和五七年一月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員(ただし、被告大東京火災海上保険株式会社は被告菊地功に対する本訴請求が確定したことを条件として)を支払え。

二  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告両名の、その余を原告の負担とする。

三  第一項中被告菊地功に対する部分は仮執行をすることができる。

事実

第一  原告訴訟代理人は「(一)被告菊地功は原告に対し、一一六三万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(二)被告大東京火災海上保険株式会社は被告菊地功に対する本訴請求が確定したときは、原告に対し一一六三万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一月一五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに右(一)についての仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一  原告(昭和一一年三月一七日生)は、昭和五七年一月一四日午後一時三〇分ごろ、埼玉県大里郡妻沼町大字弥藤吾五七八番地先通称妻沼街道を軽四輪貨物自動車を運転して進行中、一旦停止したところに、被告菊地の運転保有する普通乗用自動車(熊谷五五や九三六一)に追突され、頸髄損傷の傷害を受けた。被告菊地は、原告に対し右事故による原告の人的損害につき自賠法第三条により賠償すべき義務がある。

二  被告菊地は被告大東京火災海上保険株式会社との間に、右普通乗用自動車を被保険自動車と保険金額を五〇〇〇万円とする対人賠償保険を含む自家用自動車保険契約を右事故前一年以内に締結しており、右事故はその保険期間内の事故である。自家用自動車保険普通約款第六条第一項には「対人事故によつて被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生したときは、損害賠償請求権者は、被告会社が被保険者に対して填補責任を負う限度において、損害賠償請求し得る」旨定める。

三  被告菊地が原告に対して賠償すべき損害はつぎのとおりである。

1  治療費 三八二万九一七〇円

原告が右事故により受傷し、右事故日である昭和五七年一月一四日から同年一月一八日まで、同年二月一五日から同年七月二三日まで合計一六四日熊谷市内熊谷外科病院に入院し、昭和五七年一一月二七日から昭和五九年一一月三〇日まで仙台市内東北労災病院に通院し(実通院一一六日)、昭和五九年五月二二日から昭和六〇年八月末日まで泉市内財団法人宮城厚生協会泉病院に通院し(実通院二〇日)、昭和五九年一月一一日から同年一二月二七日まで仙台市内佐藤内科小児科医院に甲状腺機能亢進症の治療をも兼ねて通院し(実通院日数一四一日)たことによる治療費の総額である。なお、右泉病院、佐藤医院の治療費は、文書料を除き、すべて生活保護法による医療扶助により賄われている。

2  付添看護料 七万円

原告の前記熊谷病院への入院期間中二〇日間は、医師の指示により、原告の母と妹が付添看護した。その付添看護料一日当り三五〇〇円の二〇日分である。

3  入院諸雑費 一六万四〇〇〇円

原告の前記熊谷病院への入院期間一六四日間について一日当り一〇〇〇円の入院諸雑費の合計金である。

4  通院交通費 一三万四四八〇円

東北労災病院への通院に要した交通費の合計額である。

5  休業補償費 六二九万七〇四九円

本件事故当時、原告は前夫石川金吾が代表取締役であつた有限会社三金金属の従業員として稼働する一方家事一切を担当していたものである。右従業員としての収入は一か月一五万円、年一八〇万円であるが、主婦加算として少なくとも一か月三万円を計上するのが相当であり(家政婦料の約三分の一の金額である。)、その年収の総合計額は二一六万円である。

原告は、右事故時昭和五七年一月一四日から後記後遺症認定のあつた昭和五九年一一月三〇日までの間(二年と三三五日間)頸髄損傷による四肢及び体幹知覚障害および運動障害により全く稼働できず、得べかりし前記収入を得られなかつた。その総額は六二九万七〇四九円である。

2,160,000円×2+2,160,000円×335/366=6,297,049円

6  後遺症による逸失利益 三九六万六二七八円

原告の前記傷害による症状は、長期の入通院によつても治癒せず、四肢及び体幹知覚障害及び運動障害の症状は、昭和五九年一一月三〇日固定した。その後遺症は自賠責調査事務所により自賠責後遺障害一二級に認定された。その後遺症による労働能力喪失率は一〇〇分の一四である。

原告の後遺症確定時の年齢は四八歳であり、その稼働可能期間は六七歳までの一九年である。これにより後遺症による逸失利益を算定すれば三九六万六二七八万円である。

2,160,000円×14/100×13.116(19年のホフマン係数)=3,966,278円

7  慰謝料 四〇〇万円

被告菊地の一方的追突事故により重大な肉体的損傷を受け生活を破壊されたこと、その他肉体的苦痛等を敢えて金銭に見積れば、傷害分二〇〇万円、後遺症分二〇〇万円合計四〇〇万円を下らない。

8  弁護士費用 一〇〇万円

本件事故による賠償請求の件につき、原告は、弁護士を代理人として被告菊地代理人である被告会社熊谷サービスセンター担当者と折衝を続けてきたが、被告らは、原告方から連絡をとらなければ一切応答せず、しかも、原告が後遺症による自賠責賠償額の請求をしても被告会社は調査事務所に対し調査請求を中々せず、且つその調査結果によつて請求者である原告に交付すべき賠償額も未だに支払わないという不誠実極まりない対応をなしてきたので、やむなく仙台弁護士会所属織田信夫弁護士に本訴提起を含む訴訟手続一切を委任した。これにより同弁護士に対し着手金並びに報酬として一〇〇万円を支払うことを約した。右は、本件事故と相当因果関係のある損害である。

四  損害の填補 七八二万三一七〇円

原告の前夫石川金吾は、被告菊地の雇主武蔵建設株式会社との間において原告に無断で一部示談し、その雇主より四〇〇万円を受領して費消した。原告と右石川とはこのこと等の事由により昭和五七年一〇月二五日協議離婚したのであるが、夫の行為により受領した金員であるので敢えてこれを右損害に充当したこととする。また、治療費のうち文書料六〇〇〇円を除き三八二万三一七〇円の支払を受けている。

五  よつて、原告は被告菊地に対し、前記三の損害金合計額から前項の填補金を差引いた一一六三万七〇〇〇万円(一〇〇〇円未満を切り捨てる。)及びこれに対する事故の日の翌日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払、被告会社に対し、被告菊地の原告に対する右損害賠償責任の確定による同額の支払を求める。

と述べ、立証として、甲第一乃至第七号証、第八号証の一、二、第九乃至第一二号証、第一三、第一四号証の各一、二、第一五号証、第一六号証の一、二を提出し、原告本人尋問の結果を援用し、「乙第三号証の一、二、第四、第五号証の成立は認め、その余の乙号証の成立は不知。」と述べた。

第二  被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び主張(積極否認事由)として、

請求原因一の事実中原告主張の交通(追突)事故が発生したことは認めるが、原告が右事故により負傷したことは否認する。同二の事実は認める。同三の1及至8はすべて争う。同四の事実中示談が原告に無断でなされた点を否認し、その余は認める。

被告大東京火災海上保険株式会社において工学鑑定を依頼したところ、本件交通事故程度の追突の衝撃では傷害の発生はないとの結論が得られた。したがつて、原告の本訴請求は理由がない。と述べ、立証として、乙第一号証、第二号証の一及至一七、第三号証の一、二、第四及至第六号証を提出し、証人大慈彌雅弘の証言を援用し、「甲第九、第一〇号証の成立は不知、その余の甲号証の成立は認める。」と述べた。

理由

一  被告菊地運転の車両が原告運転の車両に追突する事故(請求原因一)が発生したこと及び請求原因二の事実(被告菊地と被告会社間の保険契約の締結)は、当事者間に争いがない。

二  被告両名は、本件追突事故による衝撃では原告にその主張のような傷害が発生しないと抗争し、証人大慈彌雅弘の証言及びこれによつて成立を認めることのできる乙第一号証(鑑定書)によると、同人は被告会社の依頼により、本件事故により原告車両に生じた衝撃加速度の程度及びその加速度により、原告の頸部等に傷害が起きるかにつき鑑定し、

被告菊地車両が原告車両に衝突した時の変形、破損状況から、被告菊地車両が原告車両に衝突した時の相対速度差は最大に見積つて七・五〇km/時と推定され、この速度で衝突すると、原告車両に生ずる衝撃加速度は〇・九七G程度である。この加速度は、日常我々がブレーキを強く踏むときに車体に生ずる加速度約〇・九Gと比較すると、少し高い程度である。普通に考えて我々が通常道路を走行しているときに起きる加速度より少し高いレベルで、原告の頭部に傷害が生じるとは一般常識では考えられない。

旨の結論を得たことが認められる。

ところで、成立に争いのない甲第一六号証の一によると、本件交通事故についての被告菊地に対する業務上過失傷害被告事件(熊谷簡易裁判所昭和五七年(い)第三四一号)は廃棄されていることが認められ、本件事故の状況を正確に再認すべき資料は失われているところ、右鑑定の基礎とした「事故現場の状況と事故の概要」は右刑事々件において収集された証拠資料と相違すると考えられ、殊に、右鑑定による本件追突時の相対速度差は最大に見積つて七・五〇km/時とされているのに対し、成立に争いのない甲第一六号証の二右刑事々件の略式命令において、被告菊池は時速約三五キロメートルで進行中、原告運転の車両が左折の合図をして徐行に移行したのを約一七メートルの地点に認めたのに、その動静を十分に注視し、適宜速度を調節して進行すべき業務上の注意義務を怠り、漫然前記速度で進行したため、一時停止した原告車に自車を追突させ、よつて同人に加療一ケ月を要する頸椎むち打損傷の傷害を負わせた旨認定され、罰金七万円に処せられ、該略式命令が確定した事実が認められるので、右鑑定の結果を全面的に採用することはできない。

しかしながら、前掲乙第一号証、大慈彌証言及びこれによつて成立を認めることのできる乙第二号証の一一及至一七によると、本件追突によつて原告車両に生じた損傷は、後部ゲートパネルとバンパーの右端に僅かに凹損が生じた程度であることが認められる。そうすると、被告菊地車両の本件追突時の速度は、略式命令に記載された時速三五キロメートルではなかつたものと推定され、本件追突により原告車両に生じた衝撃加速度が僅かであつたとする前記鑑定の結論も首肯しうるところである。

三  結局、右略式命令及び成立に争いのない甲第二号証(診断書)によつて、原告が本件事故により頸椎むち打損傷の傷害を負つたことは否定できないので、被告菊地は自賠法三条により、原告が右負傷によつて受けた損害を賠償すべき義務を負い、また原告は被告菊地と被告会社間の本件保険契約に基づき、右損害の賠償を直接被告会社に請求することができるものというべきである。

四  そこで、以下に原告の損害について判断する。

1  成立に争いのない甲第二、第三、第四、第七号証、第八号証の一、原告本人尋問の結果によつて成立を認めることのできる甲第九号証及び弁論の全趣旨によると、原告は前記の傷病により次のとおり入通院し、治療費を要したものと認められ、また原告の症状は昭和五九年一一月三〇日に固定したものと判断する。

(一)  昭和五七年一月一四日から同月一八日まで、同年二月一五日から同年七月二三日まで熊谷外科病院に入院(入院日数一六四日)右の治療費三〇二万六一五〇円

(二)  昭和五七年一一月二七日から同年一一月三〇日までの間に東北労災病院に通院(通院日数一一六日)右の治療費七九万七〇二〇円

(三)  泉病院、佐藤医院の請求原因三の1の文書料六〇〇〇円 小計三八二万九一七〇円

2  原告本人尋問の結果請求原因三の2の付添の事実が認められるので、右付添費は原告主張のとおり七万円と認める。

3  熊谷外科医院の入院諸雑費は一日当り八〇〇円一三万一二〇〇円を認める。

4  通院交通費は前掲甲第九号証により一三万四四八〇円と認定する。

5  休業損害は前掲甲第八号証の一及び弁論の全趣旨により成立を認める甲第一〇号証により、原告は本件事故当時夫石川金吾経営の有限会社三金金属の事務員として一月一五万円の給与を支給されている取扱を受けていたことが認められるので、一日当り五〇〇〇円の収入があるものと推定し、本件事故の日から症状固定日までの一〇五二日間分五二六万円を認定する。

6  前掲甲第七号証、成立の争いのない甲第一五号証及び弁論の全趣旨によると、原告の症状固定時における後遺症の自賠責保険の等級については請求原因三の6前半のとおり認定することができる。しかして、原告本人尋問の結果によると本件事故時原告は主婦でありその夫の事業に関してはいわゆる家事専従者と認められるので、後遺症固定時の年齢四八歳から五五歳まで七年間稼働するものと、後遺症による逸失利益は一四七万七八一二円(5000円×365日×14%×5.784ホフマン係数)

7  慰謝料

(1)  入通院慰謝料

入通院期間を考慮すると二〇〇万円が相当である。

(2)  後遺症による慰謝料

自賠責後遺障害一二級であるから一六〇万円が相当である。

小計 三六〇万円

8  以上を合計すると一四五〇万二六六二円となる。

五  原告が本件事故による損害につき七八二万三一七〇円の填補を受けたことは当事者間に争いがないから、これを前記損害額から控除すると、未填補額は六六七万九四九二円となる。

六  ところで、(1)前記の末段に認定したように本件衝突の衝撃が少いこと、(2)原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によつて、請求原因四の原告の夫石川金吾が原告に無断で本件事故につき四〇〇万円で示談し、その示談金を費消し、これが原因となつて原告が離婚するに至つた事情が認められること、(3)更に、原告の入、退院状況及び同一の期間内に三箇所の医療機関で重複して治療を受けていること、(4)前掲甲第三号証、成立に争いない甲第六号証によると、原告の本件事故による症状は多分に心因的なものが影響していると認められること、を合わせ考えると、原告の本件症状の回復の遅延には、前記夫との離婚等が心因的に影響していると判断できる。したがつて、原告の本件損害には被告菊地の関与しない部分が存在するところ、その割合は、右の事情によると、五割を下らないものと判断するのを相当とする。そうすると、原告の損害額は三三三万九七六四円となる。

七  弁護士費用は本件事案の内容、審理に要した開廷日数等を考慮し五〇万円が相当である。

八  以上によると、原告の本訴請求は、被告両名に対し、各自三八三万九七六四円及びこれに対する履行期の後にして本件事故の日の翌日である昭和五七年一月一五日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある(ただし、被告会社についてはその請求に従い、被告菊地に対する本訴請求の確定を条件としてこれを認める。)から、これを認容し、その余の請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮村素之)

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